本系列は、1962年より2000系の宝塚線仕様として電動車の2100形と制御車の2100形が各15両ずつ、合計で30両(車両番号はそれぞれ2100?2114・2150?2164)が製造された。神戸線に比べて低速だった当時の宝塚線に合わせて電動機出力が100kWと低く抑えられたので、そのために別形式に区分された。
本系列は600V専用設計であったため、昇圧後は2000系と同様に定速運転機能と回生ブレーキ機能が撤去された。この時、最終6両(2112?2114・2162?2164)についてはモーター車の電動機出力が2000系昇圧の際に発生した床下機器に取り替えられて同系列と同じ150kWに増強され、同系列と同様に使用されるようになった。これら6両はしばらく元番号のまま使用され、1979年に冷房化改造された際に同系列に改番・編入された。また、2153と2155については早い段階で3000系の増結に転用されている。
残った22両については、2000系2050形2両を編入して8両編成3本に編成させて宝塚線で使用されていたが、1980年代になると速度が向上した宝塚線では性能不足となり、冷房化も施工されないまま(一部車両については1980年頃に貫通路部を狭幅化改造の上ドア取り付け工事を実施)、編成単位では1983年?1985年に廃車され、2154が2050(2代目)に改造され、2153と2155が2055と2059に改番された時点で形式消滅した。
廃車後は2000系に編入された車両を除く全車が能勢電鉄に譲渡され、同社の1500系に改造された。
1983年から1985年にかけて竣工した基本的に阪急2100系を種車とするグループである。譲受した時点で全車が非冷房であり、一方で能勢電鉄は当時600Vだったことから、冷房装置の取り付けと600Vへの降圧化工事のため、入線前にアルナ工機にて冷房改造が行われた。
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編成については4両編成とされ、車両番号はモーターの有無でしか区分されてなかった阪急時代のものから、運転台機器の有無でも区分されて、以下の4形式となった。
↑日生中央・妙見口
1550形(1550?1555)
圧縮機(CP)を搭載する制御車。
1530形(1530?1535)
パンタグラフと制御器を搭載する中間電動車。
1580形(1580?1585)
SIVとCPを搭載する付随車。元2000系が2両、元2021系が1両存在する。
1500形(1500?1505)
パンタグラフと制御器を搭載する制御電動車。
↓川西能勢口
冷房装置は、当時阪急電鉄が増備していた7000系の初期車が採用していた「スイープファン付き冷房機」と同一のものが設置され、車外は狭い間隔で並んだ3台の室外機が、車内には送風ファン付きの吹き出し口が目立った特徴となっている。また、それまで装備していた電動発電機(MG)は冷房用の電力を確保する目的もあって静止形インバータ(SIV)に交換されている。
側面左右・前面各1ヶ所ずつに新たに行先方向幕の設置が行われた。前面の方向幕は左窓上に設置されたが、この時に標識灯と干渉したことから尾灯が若干車体外側に移設(結果的にライト増設前の阪急3300系や5300系と同一の形態)されている。また、連結器高さが下げられ、Tc車の連結器複心バネが撤去、連結面間隔も当時存在していた川西能勢口駅のR40の急カーブに対処するために860mmに延長されている。
また、TとTcの川西能勢口方の妻面には貫通路幅の縮小と扉の設置を行ったが、元2104の1535については、阪急在籍時に狭幅に改造されていた貫通路の拡大工事を実施した。
台車については、エコノミカル台車(KS-66A/B)を使用していた車両は1010系からの廃車発生品に交換、またミンデン台車(FS-345・FS-45)を使用していた車両については入線当初は平野車庫に台車組み立て治具がなかったため、2000系のFS-333・FS-33台車と交換している[27]。なお、台車のブレーキシューはすべて鋳鉄製に交換され、ブレーキシリンダも直径の大きいものに交換されている。
中間に入った運転台付きの車両は第1編成(1550F)中の2両を除いて完全に中間車形態に改造され、第1編成の中間車も乗務員扉はそのまま残されたが、それ以外の機器は前照灯・標識灯・貫通扉とともに撤去され、1530・1580形の1530・1580となった[28]。また、1585は電装解除されていた2021系の2030の運転台を撤去して客室を延長[29]して登場した。
長年にわたって1550F?1555Fの4両編成6本体制で推移し、1997年のダイヤ改正に合わせて日生線の区間運転用(山下駅も参照)に第1編成が編成分割され、2両編成2本に再組成された。先頭2両は1550に電源用MGが追加設置された上で「新1550F」となり、抜き取られた中間2両に運転台機器の再設置と日生中央・妙見口方から1580-1530への連結順序変更が行われ、形式も1550形1560および1500形1510へと変更されて「1560F」となった。
1560Fは、1500形への改造時に前照灯・標識灯・貫通扉が撤去されていたため、新たに設置された。工事に際しては、阪急から譲渡された3100系と同じデザインが採用され、前照灯は阪急8000系と同様の四角の形状のものを新たに取り付け、また、標識灯については発光ダイオード式の四角型標識灯が窓下に取り付けられ、その周囲にはステンレスの飾り帯が取り付けられた。前面貫通扉は阪急8000系が採用している窓が下に長いものになり、車両番号は右窓上に掲示されている。
中間車当時に設置されていた1510の屋根上クーラー脇(西側)に設置されていた高圧引き通し線は、現在も両端が切断された状態で残っている。乗務員室扉横の手すりはステンレス製となったが、後付けのため、当初から運転台を装備する車両(鋼製の手すり)とは形態が異なる。
また、1553Fは1500系・1700系の中で唯一ゴムとドア外板の間にステンレス帯を挟まない阪急2000系などではよく見られた旧タイプのドアを阪急時代から装備していたが、1700系1750Fの廃車の際に同編成の新タイプのドアを転用している。
2008年には、5月23日に能勢電鉄が創設100周年を迎えるにあたって、2009年3月までの期間限定で「懐かしのオリジナルカラー」塗装が復刻されている。対象車両は1550F(入線当初のマルーン+ベージュ)と1560F(能勢電鉄最後のオリジナルカラー。フルーツ牛乳塗色〈オレンジ+クリーム〉)である。なお、2008年5月24日の「のせでん春のレールウェイフェスティバル2008」と同年11月2日の「のせでん秋のレールウェイフェスティバル2008」では2編成とも貸切列車「100周年記念号」として使用され、特製ヘッドマークも装着された。また、同年7月5日から21日まで開催された「妙見山あじさいフェスティバル」に併せて、この2編成を併結の上期間中の土曜・休日の「あじさい号」の運用に使われた。
現在、全編成がワンマン運転に対応しており、1997年に自動放送装置などのワンマン運転設備が追加搭載されている